甘い物はお好き?

アイボリーを基調とした明るい店内、華やかなテーブルクロス、アルミ製のシンプルなテーブルと椅子。
女性であれば、誰もが喜びそうなお店。
『今週末にひなちゃんが喜んでくれそうな場所に連れて行ってあげるよ』と大地に言われて
かなではこの日をとても楽しみにしていた。
昨日の夜などは、楽しみ過ぎて中々寝付けなかった程だ。
大地が連れて来てくれたのは、タルトが美味しいと有名なお店で、かなでもここの
店名は聞いた事がある。

開店から1時間程しか経っていないが、店の前には何人かが入店待ちをしていた。
「早めに来たつもりだったけれど、結構並んでるな・・・。ひなちゃん、並ぶのは大丈夫?」
「はい、折角大地先輩に連れてきて貰ったし、ここのお店のタルト、ずっと食べたいなって
思っていたから。」
かなでがそう言って微笑むと、大地が椅子を指差し『じゃあここへ座ろうか』とかなでを促す。
2人が白い椅子へ腰掛けると、女性スタッフがメニューを大地へと手渡してくれる。
大地が『ありがとうございます』とスタッフに礼を言えば、彼女は頬を赤らめて『いいえ』と
言い
2人の元を去って行った。
やっぱり大地先輩って、女の人に人気があるんだな・・・とかなでは改めて思う。
学院内では勿論だが、今日だってここまで来るのに沢山の女性から秋波を送られていた。
彼から告白され、晴れてカップルになったとは云え、毎日がやきもきの連続なかなで。
ニアからは「もてる彼氏を持つと、苦労するな」と言われた。

「ひなちゃん、どうかした?」

かなでが思案顔で黙ってしまったのを見て、大地は心配そうにかなでの顔を覗き込む。
「大地先輩って、もてるなって思って・・・。」
かなでは今の気持ちを誤魔化さずに大地へ伝えた。
誤魔化した所で、大地にはかなでが何を考えているかなんて、お見通しなのだ。
「ひなちゃんは本当に可愛いな・・・。大丈夫だよ。俺にはひなちゃん以外の子なんて
もう考えられないんだから。」
大地は隣で複雑そうな顔をしているかなでを見て、目を細めた。
本当に彼女は可愛い・・・、これが外で良かったと大地は思う。
もし2人きりだけの空間でこんな可愛らしい事をかなでに言われたら、大地の理性が持たない。
「だから、心配する必要はないよ、ね。」
大地の大きな掌で優しく頭を撫でられ、かなではこくりと頷くと軽く目を瞑った。
彼の掌はとても温かくて、こうされているととても安心する。
「本当に可愛い・・・。ここが外じゃなかったら、ひなちゃんにキスが出来るのに、
残念だな・・・。」
それはとても小さな声で囁かれた言葉だったが、大地の隣に座っているかなでの耳には
しっかりと聞こえて来た。
「大地先輩・・・っ・・・!?」
自分にしか聞こえない位の小さな声だったけれども、大地の言葉をさらりと聞き流せる程、
かなでは恋愛経験値がないのだ。
「ひなちゃん、そう言う顔をしない。本当にここでキスしちゃうよ。」
慌てふためくかなでを見て、くすくすと楽しげな笑い声を漏らす大地。
「二名様でお待ちの榊様。」
出入り口付近に居たスタッフが大地の名を呼んだ。
席が空いたようだ。
「入れるみたいだね。ひなちゃん、行こうか。」
かなでより一足先に立ち上がった大地が、未だ椅子に腰掛けたままのかなでに声を掛ける。
すっと自分に向かって、差し出された大地の手。
かなでは真っ赤な顔のままで、その手を掴んだのだった。

「ひなちゃん、美味しいかい?」

ショーケースに並べられているタルトはどれも美味しそうで、かなではどれを食べようか
散々悩んで、この時期しか食べる事の出来ない苺をふんだんに使ったタルトと紅茶を頼んだ。
対する大地はコーヒーのみ。
「はい、とっても!大地先輩はタルトを食べなくて良かったんですか?」
「俺は良いよ。ひなちゃんが美味しそうにタルトを食べている姿を見るだけで満足。」
大地はそう言って、コーヒーカップに口を付ける。
「でも、私だけ食べているのも何だか悪い気がするし・・・そうだ、これ食べませんか?」
かなでが『これ』と差し出したのは、自分の食べていた苺のタルト。
「まだ口を付けていない部分もあるし、どうぞ。」
かなではタルトの乗った皿を動かして、大地にフォークを手渡す。
「ありがとう、ひなちゃん。でも・・・・。」
大地はフォークを受け取らずに、突然席を立った。
一体、どうしたのだろうか・・・・?と大地の行動を不思議に思っていたかなで。
次の瞬間、自分の右の頬に感じる温もり。
大地の手が、自分の頬に添えられている・・・、彼は何をしようとしているのか・・・?
「俺としては、こっちの方が良い、かな・・・。」
すっとかなでの頬に付いているクリームを拭った大地は、その指を自分の口元へと運ぶ。
「先輩・・・っ!」
そんな場所にクリームを付けていたと云う事と、大地の取った行動にかなでの顔がまた赤くなる。
「ん・・・、やっぱり美味しいな・・・。」
お願いだから、そんなに極上の笑みを浮かべて、自分を見つめないで欲しい。
恥ずかしくて、顔が上げられないかなで。
自分達の周りにいた客からの視線をひしひしと感じるかなで。
恥ずかしくて、もうこの店には来られない。
「ひなちゃん、顔を上げて・・・。」
「無理ですっ・・・!」
(どうやってここから帰れば良いの・・・!?)
今の遣り取りをスタッフにも見られてしまったかなでは、残りのタルトの事より
帰る時の事を
心配している。
この後、自分はどんな顔をして席を立てばいいのだろう・・・?
(ちょっとやりすぎたかな・・・)
大地は頭を掻くと、どうやって真っ赤になったまま、固まってしまった恋人のご機嫌を
取ろうかと思案し始めた。