放課後

非日常な、私達の出来事。

それはある日突然に・・・

「あ、楽譜があった・・・!」
小日向かなでは音楽室でそう呟くと、目当ての楽譜が置かれている棚へと手を伸ばす。
かなでは自分の練習用に使う楽譜を探しに音楽室へと足を踏み入れたのだったが、
相変わらず散乱している楽譜の山に作業は難航していた。
かなでが探している楽譜はメキシコ生まれの作曲家・ポンセの「エストレリータ」
色んな箇所を探した結果、それらしき楽譜が漸く見つかったのだが。
「う、高い・・・。」楽譜が収められているのは、棚の上から2番目の場所。
155センチと小柄なかなでにはどれだけ背伸びをしても届かない場所にある。
でもここにはあいにくかなでが楽譜を取る手助けをしてくれそうな道具はなく。
「仕方ない、何とか自分で取らなくちゃ・・・。」と爪先立ちで棚の前に立つかなで。
だが、かなでの指は何とか楽譜に触れられる程度で、棚から楽譜を取るのは至難の業だろう。
「あとちょっと、なのにっ・・・!」
うう、と唸りながら精一杯手を伸ばすかなでだが、やはり指先が楽譜を掠るだけ。
「かなで、何やってんだ?」必死に手を伸ばしているかなでの背後から聞こえて来た声。
「響也。」それは彼女の幼馴染である、如月響也のものだった。 
響也は音楽室へ入ると、棚の前で何やら悪戦苦闘中の
かなでに近付く。
「あのね、ここにある楽譜が取りたいんだけれど、届かなくて・・・。」
 かなでは『ここ』と目当ての楽譜がある場所を指さした。
「エストレリータの楽譜か?」 「うん。」 「判った、俺が取ってやるよ。」
 響也はかなでの指さした楽譜を軽々と取り、彼女にその表紙を見せる。
「ほら、これで良いんだろ?」 かなでの反応が無い、何故だろうとかなでを見た響也は
自分の
取っていた体勢に驚く。
楽譜を取る事を考えていただけで全く気付いていなかったが、響也は棚に両手を付いていて
棚と響也の
間にはほんのりと頬を赤らめたかなでが居た。
かなでからほんのりと香って来る甘い香り・・・、シャンプーの香りだろうか?
 鼻腔を擽る甘い香りに
誘われて、響也の手がかなでの髪へと伸びた。
後、数センチでかなでの髪に触れようかと言う所でかなでが振り返る。
「わっ!」響也は慌てて伸ばした手を引っ込めた。
が、勢いをつけすぎたのか、響也の体かぐらりと傾ぐ。
「響也!?」咄嗟に響也の手を引っ張るかなでだが、体格差のある響也を引き戻す事は出来なくて
響也と共に
倒れ込んでしまう。
「っ!」音楽室の床に頭をぶつけた響也に鈍い痛みが走る。
頭の痛みと同時に走る、微かな痛み・・・・、それはどうやら自分の口元辺りから感じる。
響也が閉じていた目を開けると、目の前にはかなでの顔があった。
隙間なく、ぴったりと重なり合っている唇
どうやら自分達は転倒した弾みでキスをしてしまったらしい。
驚いて目を見開く響也だが、ある異変に気付く。
自分の視界に入って居るのは、何故か瞠目している自分自身で・・・・。
「きょうや、だよね・・・?」
と聞こえて来たかなでの声が、何故だか何時もより低い気がする。
「お、俺に決まってんだろうが・・・っ!?」
響也の耳に入って来たのは、自分の声ではなくかなでのものだった。
何故、かなでが自分の発した言葉を喋っているのだろうか・・・・、ひょっとして、まさか
そんな事がある訳がないと、響也は自分の仮説を否定する。
が、その直後にかなでの放った一言で自分の思っていた事は間違っていなかったのだと響也は
実感したのだった。

「ひょっとして・・・わ、私達入れ替わっちゃったの・・・・!?」