最近、大地先輩がよそよそしい…。
小日向かなでは、屋上のベンチに腰掛け、溜め息を吐いていた。
かなでの転入当初から、何かと気を使ってくれている大地。
その大地がここ数日、自分を避けている気がするのだ。
大地曰く「親愛の情」と言うスキンシップに最初は戸惑ったかなでだが、
大地の大きな手で髪を撫でられると、何だか暖かな気持ちが湧いてくる。
大地の側に居ると、ほっとする。
響也や律にも感じた事のないこの気持ちは、何だろう…?
大地の事を考えると、胸が暖かくなると同時に、痛みを感じるかなで。
今もちくりと痛む胸を抑えながら、かなでは小さな溜め息を吐く。
「かなで、ここに居たのか。」
聞き覚えのある声がしてかなでが振り返ると、そこにはヴァイオリンケースを持った響也が居る。
「響也」
「もう直ぐ練習が始まるぞ。練習室行こうぜ。」
「う、ん…。」
どことなく元気のないかなでを見た響也は、彼女の隣に腰掛けた。
「何かあったのか?」
「何でもないよ…。」
自分の悩みを響也に打ち上げようかと一瞬思ったかなでだったが、要らぬ心配をさせたくないと思い、
笑って見せる。
ぽんと、自分の頭に置かれた温もり。
かなでが響也を見ると、響也は優しい表情で、かなでの頭を撫でる。
「判った。けど…、本当に辛くなったら話せよ。お前の力になってやるからな。」
「ありがとう。」
かなでがふんわりとした表情を浮かべ、笑む。
響也は頬を赤くし、かなでから視線を反らした。
と、その時…。
屋上の扉が開く。
「大地先輩…。」
ヴィオラケースを手にした大地がやって来た。
「二人共、そろそろ練習が始まるぞ。」
大地はそれだけ言うと、踵を返し屋上から出て行ってしまう。
大地が行ってしまう…。
このままだと、大地との関係が更にぎくしゃくしてしまう、そう思ったかなでは
急いで大地の後を追う。
「大地先輩…!」
かなでは息を切らしながら、前を行く大地を呼び止めた。
「ひなちゃん、そんなに慌ててどうかしたのかい?」
大地はいつもの笑顔でかなでに答える。
いつもの先輩の笑顔だ・・・、これならどうして自分を避けるようになったのか
思い切って聞く事が出来る。
かなでは小さく息を吐くと、自分を見ている大地に言葉を切り出した。
「私、大地先輩の気に障る事しちゃいましたか・・・?」
「気に障る事?ひなちゃんはどうしてそんな事を聞くの?」
「だって、最近先輩が私の事を避けているから・・・。」
「俺はひなちゃんの事を避けているつもりはないんだけれどな。」
微笑みを浮かべたまま、そう言い放つ大地。
その笑顔を見て、かなでの胸がちくりと痛みを訴える。
「嘘、絶対避けています。練習の時意外は話もしてくれなくなったし・・・!」
若干語気の荒くなって来たかなでの眦には、うっすらと涙が浮んでいた。
「参ったな・・・・。泣かせるつもりなんてなかったのに・・・。」
大地の手が、自分に向かって伸びて来て・・・、かなでの体がぴくりと震える。
その手は、かなでの眦に溜まっている涙を優しく拭う。
「俺って駄目な男だな・・・。ひなちゃんの事を泣かせてしまうなんて・・・。本当にごめん・・・。」
自分に関心を持って貰いたくてとった行動が、彼女の心を傷付けてしまった。
「先輩に避けられて、本当に辛かったんです。胸も苦しくなるし・・・・。」
「胸が苦しい?」
「そうです。先輩の事を考えていたら、胸が苦しくなって来て。」
『それに、何だかもやもやした気持ちにもなりました』と不満を漏らすかなで。
何とも可愛らしい不満に、大地は自分の顔が緩んでしまうのを止める事が出来ない。
かなでが、自分の事を思って胸が苦しくなったり、もやもやした気持ちになるのは、彼女も自分と
同じ想いを抱いているから。
彼女自身それが『恋心』だとは気付いていないようだが。
「ごめん、ひなちゃんを泣かせるような事は絶対にしないよ。約束する。」
『だから、許してくれないか?』とかなでの前に小指を出しだす大地。
「指切り、ですか?」
「うん、もう絶対にひなちゃんの事を泣かせたりしない誓いの指切り。」
「嘘付いたら、針千本ですよ。」
くすくすと楽しげな表情のかなでを見て、やっと笑ってくれた・・・と大地は安堵する。
やっぱり好きな子にはいつも笑顔でいて欲しい。
「じゃあ、約束。」
かなでは差し出された小指に自分のそれを絡めると、鈴の転がるような声で歌を口ずさみ出す。
かなでを泣かせてしまったけれど、彼女の想いが自分と同じだと言う事を知れたから今回の作戦は
半分成功だろう。
たとえ、彼女が自分の気持ちを自覚していなくとも。
かなでの抱いている想いが『恋心』であると云う事は、自分が彼女に追々教えて行けば良いのだから。