恋愛戦線
「本当に今日は良え日やわ。天気もやし、こうやって小日向ちゃんとお弁当が食べられるし。」
『俺程幸せな人間はおらんやろうね』とかなでに向かって囁く蓬生。
「大した物じゃないですけれど、喜んで貰えたなら嬉しいです。」
やっぱり、自分の作った物を喜んで食べて貰えるのは嬉しいものだとかなでは
にっこりと笑んだ。
「小日向ちゃん、もっと自信を持って良えと思うよ。このカキのポン酢ジュレも
肉じゃがも絶品やわ。」
そう言った蓬生は、とても綺麗な笑みを浮かべた。
それを見たかなでの頬ほんのりと朱が差す。
「これなら、いつでもお嫁に行けるんやない?そうや、俺の所にお嫁に来ると良えよ。」
『我ながら名案やわ』と満足げに頷く蓬生と、それを見て更に頬を赤らめるかなで。
「否定しない、って事は良えんやね。じゃあ、先ずは小日向ちゃんのご両親に…」
「ストップ、冗談はそこまでにして貰おうか、土岐。」
突然、蓬生の言葉を遮る声。
「榊くん、居たんや。」
しれっとのたまう蓬生に、大地の額には青筋が浮かぶ。
大地の手に握られている割り箸は、今にもへし折れそうだ。
「当たり前だろう。ひなちゃんをお前と2人きりになんてしておけないからな。」
そう言って微笑む大地だが、その瞳は全く笑っていない。
「人の恋路を邪魔するやなんて、榊くんは不粋やね。馬に蹴られてしまうよ。」
「お前とひなちゃんの恋路なんて無いだろうが。」
『ねえ、ひなちゃん』と大地に振られて、かなでは慌てる。
「え…?えっと…。」
「ひなちゃんの料理は本当に美味しいよ。俺は誰かさんと違って、夏以降もこのお弁当を
食べる事が出来から、本当にラッキーだな。」
大地はそう言い放つとかなでの手を握って、ちらりと横目で蓬生を見る。
今までにこやかな笑みを絶やさなかった蓬生のこめかみがぴくりと動いたのを
大地は見逃さない。
してやったり、と優越感に浸る大地。
かなでとはこの夏以降も一緒に過ごす事が出来るのだ…、これは神戸在住の蓬生には
出来ないだろう。
「小日向ちゃん、このまま神戸に来いへん?ここにおるよりも、楽しい生活をさせたるよ。」
蓬生は空いているかなでの手を握りながら、彼女の耳元で囁く。
「土岐、ひなちゃんから離れてくれないか。ひなちゃんが嫌がっているだろう。」
「嫌やなぁ…榊くんは、眼科にでも行った方が良えんやないの?小日向ちゃん
こんなに頬を紅く染めている云うのに、嫌がってるやなんて言うて。」
にっこりと笑いながら言い放つ蓬生。が、その眼光は鋭い。
「お前みたいな奴の所へ、ひなちゃんを差し出せるか。」
「その言葉、そっくり榊くんに返すわ。」
二人の間に剣呑な雰囲気が漂う・・・、まさに一触即発と云った所だ。
と、その時・・・、クスクスと楽しげな笑い声がかなでから聞こえて来た。
「ひなちゃん・・・?」
かなでは何が面白かったというのだろうか・・・?
今の自分達の遣り取りには、これっぽっちも面白い事など無かった筈。
「小日向ちゃん、どないしたん?」
蓬生も同じ事を思ったらしく、鈴を転がす様な声で楽しげに笑うかなでに問う。
「大地先輩と蓬生さんの会話って楽しいなって思って。」
「楽しい・・・?」
今の自分達の会話を聞いて、一体どの辺りが楽しかったと言うのか。
大地と蓬生は首を捻った。
「この大会中にこんなにも仲良くなって楽しそうだなって思って。」
普段からほんわかしている所のあるかなでだが、ここまで鈍いとは・・・。
大地も蓬生もすっかり毒気を抜かれてしまった。
「まあ、そんな所も可愛いんだけど、ね・・・。」
「それに関しては同感やね。」
珍しく意見の合った二人を見て、『やっぱり仲良くなるって良い事ですね!』と
かなではふんわりと笑う。
かなでを巡っての恋愛戦線は、当分終わりそうにないらしい。
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