Shall We Dance?

「ったく、かなでの奴大事なもん忘れて行きやがって。」

響也は一人ごちながら、女子寮の廊下を歩いていた。
響也の手には、文化祭で行なわれる事となったコンサートの楽譜が握られている。
かなでが部室に忘れて行った物だ。
かなでが寮へ戻ってからも発表する曲を練習しているのは、響也も知っている。
この楽譜かなければ、かなでの練習に支障を来すかもしれないと思った響也は
彼女にそれを届けるべくかなでの部屋の前へと歩んで行く。

って

響也がかなでの自室前付近に着いたその時、かなでの部屋から話し声が聞こえて来た。
それは、響也が歩みを進める度に段々と鮮明になる。
「ニア、痛いってば!」
「仕方ないだろう?この位しないといけないのだから。」
「そうかもしれないけれどいたっ!」
「最初は痛いかも知れないが、直に慣れてくる。」
部屋から聞こえて来た会話に、響也の動きがぴたりと止まってしまう。
(支倉の奴、かなでに何を?!
響也の脳裏にふと過る想像。
かなでを助けねば、と思った響也は部屋の扉を勢い良く開けた。
「支倉!お前かなでに何を」
してやがる、と続ける筈の響也は部屋に居るかなでを見て、声が出なくなってしまった。
かなでが、ドレスを来ていたから。
クリーム色のそれは、優しい肩のライン、きゅっと絞られたウエスト、その下はフレアーの

たっぷり入ったシルエットが特長の、クラシカルな雰囲気を持ったドレス。
ドレスには花柄の刺繍がまんべんなく施されていて、かなでの頭には揃いの布で誂えた

カチューシャも付けられている。
ストレートの髪は毛先のみ緩やかなウエーブかかかっていて、まるで「ローマの休日」に

出てくる王女の様なスタイルである。
「あ!響也だ。どうしたの?」
いつもの様ににこやかな口調のかなで。
だが、いつもとは違うかなでの姿を見た響也は、何と言って良いのか判らず
話す事が出来ない。
「如月弟、騒がしいぞ。」
ニアが眉を潜めながら響也を見遣った。
その表情は『邪魔をするな』とでも言いたげである。
「かなで・・・おまっ・・!」
漸く出た声は、完全に上擦ったものだった。
「変かな・・・?ほら、後夜祭でダンスパーティがあるでしょう?折角だし踊りたいなと
思って。でも私、ドレスを持っていないなって話をニアにしたら『これを着てみるといい』
って言われたから、着付けて貰っていた所だったの。」

『何だか、お姫様になったみたいな気がする』と微笑むかなでを見て、響也の頬が
かっと
赤くなった。
変じゃない、寧ろ可愛すぎる程だ・・・、と響也は思うが、その事を口に出す事が
恥ずかしくて出来ない。
「可愛いだろう?如月弟。そう言えば先程、物凄い勢いでこの部屋に入って来たが、
どうせよからぬ妄想でもしていたのだろう?」
「してねぇよ!」
「どうだかな・・・。」
にやりと笑みを浮かべるニアを見て、響也の顔が益々赤くなる。
「あ、あれね・・、ニアが『この服を着るならこれをしなくては』って、コルセットを
付けてくれたんだけれど、初めて身に付ける物だったから腰が痛いし苦しくて。」
2人の遣り取りを聞いていたかなでが頬を赤く染めながら口を開く。
そう言われた響也は視線をかなでの腰辺りへ降ろす。
元々華奢なかなでの腰は、コルセットによって更に細さが際立った状態。

折れてしまいそうな程細いそこは、迂闊に触れると壊れてしまいそうで


(って、何を考えてるんだ俺は
我に返った響也は、ぶんぶんと勢い良く頭を振る。
「青春だな如月弟。」
顔を真っ赤にして頭を振る響也を横目で見て、更に笑みを深くするニア。
「うるさいぞ、支倉!」
耳まで赤くなって行く響也が面白くて、ニアは次にどんな言葉を掛けようかと
思案していたその時。

「そう言えば響也、何か用事があったんじゃないの?」

と、かなでが響也に声を掛けた。
「これ、お前が部室に忘れて行ったから。」
『ほら』と手にしていた楽譜の束をかなでへと手渡す。
「私、部室に忘れていたんだ。ありがとう、響也。」
手渡された楽譜を受け取り、かなでは柔らかに笑む。
っ!」
その顔がとても綺麗で、響也は思わず口元を押さえた。
「どうしたの?」
きょとんとした表情で、響也の顔を覗き込むかなで。
「何でも、ない。渡すもんは渡したし、帰るわ。」
そう言って、響也は踵を返しかなでの部屋から出て行く。
「響也?」
自分から視線を反らしたまま部屋を出ていった響也。
何か不味い事をしてしまったのだろうか?とかなでは首を傾げた。
「良いのか、如月弟を追いかけなくて?」
『後夜祭の事を言わなくては行けないだろう』とニアに促され、かなでは響也の後を
追いかけて行く。
「響也!」
ややあって、見慣れた後ろ姿を発見し、小走りするかなで。
響也は名を呼ばれて振り返る。
「あのね、響也が嫌じゃなければ後夜祭のダンス、私と踊って欲しいの。」
『駄目かな』と小首を傾げたかなでに響也は目眩がした。
こんなに可愛くお願いをされて、断れる筈がない。
「俺、ダンスは全くした事がないぞ。」
「そんなの知ってるよ。私もした事がないんだし。ダンスはニアに教えて貰う約束を
したから、
一緒に教えて貰おう。」
「あいつ、ダンスが出来るのか?」
「うん、見せて貰ったんだけれど凄く綺麗だったよ。」
ニアに教えを乞うのは癪だが、かなでの笑顔が見られるのなら、我慢するか。
Shall We Dance?
かなでは少しおどけた表情で、響也に問い掛けた。


響也の答えは唯一。